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17週目。 ブログトップ

避難(17週と6日目) [17週目。]

今日
いわきの家族がみんなでこっちに避難することになったと
相方から報告があった

本当に嬉しかった

みんなに会える

ほっとして涙が出た

ガソリンが心配だったが
途中で運良くGSが見つかり
とりあえず千葉の親戚の家までたどり着いたと連絡があった

しばらく様子を見て、こちらに来るかは決めるとのこと

どちらにしても暖かく安全な場所で
やっと夜を過ごせる

水が出ないため、お風呂にすらずっと入れなかったと訊いた

限界を感じている人ばかりだと思う

多くの友や人々がまだまだ不安で不自由な夜を過ごしている
心配は尽きないけれど、それでも私と相方にとって
ひとつの大きな心配が解消された

これで、二人とも今夜から少しは眠れるようになるかな

退院した福島出身の友が届けてくれた歌

胸が熱くなったので載せておこう

満天の星~みんなが幸せでありますように



満天の星 空を巡り 
はくちょう座の十字を目で追って 
僕たち宇宙に浮かんでると あなたがぽつりとつぶやく 

あなたと私 どうしてここに 一緒にいられるのだろう

銀河の流れ指でたどり 宇宙のひとつでいよう

意識の大震災。(17週と4・5日目) [17週目。]

東北地方太平洋沖地震。

ああ

あまりにいろんなことが起こりすぎていて
日記をつけるのをすっかり忘れていた

福島のことで
ほとんど眠れない日が続いた

地震から今日まで
いろんな人とメールや電話をやりとりした

父とも3年ぶりに話した

皮肉だけど こんなときだからこそ
繋がる縁がある

そして

逃げたいのに逃げられない福島の相方の家族、友達の声・・

明るく振舞う彼らが余計つらい

無力な自分がつらい

どうしようもないってわかってても
なんだかここんとこ泣いてばかりいたな

赤ちゃんへの影響がよくないってわかってても
嗚咽がとまらなかった

もちろん
ここ埼玉も、被災地から離れているとはいえ
地震の影響は濃く強い余震もまだ続く

スーパーも大混乱、品物がない。
ほとんど予告もなく始まる計画停電。

今日は停電と共に激しい余震が(・・;しかもトイレ中。

おてんとさま・・いろいろ忙しすぎるよ・・東日本

うーん 私の安定期は いつ来るのかな~^^;

「大丈夫、こんな時期だからこそ強い子が生まれるよ」
そう笑いながら言ってくれた入院中の友に、また涙。
励ますどころか、励まされてどうするよ、私・・

彼女の実家も、また福島だ

大好きだったあの街が、こんなことになるなんて・・一体どうして予期できただろう

こんなに自分が弱るとは思わなかった

参ったな

しっかりしよう

この子のためにも 私自身が 逞しくなろう




私だけじゃなく

この震災は きっと多くの人に意識の大転換を起こしていると思う



ココロの本質が見える其のとき。(17週と3日目) [17週目。]

相方の福島のお母さん。

震災の翌日にようやく電話がつながり、
無事に職場に避難していることがわかった

そのとき相方が話していたことによると
被災の直前まで、お母さんは妊娠中の私のために
何か栄養になるものを、と海の幸で色々なお惣菜を作っていたらしい

作り終えて、ダンボールに詰めたところで、あの大地震。

そして あの 前代未聞の高さの津波の警報。

大急ぎでとっさにお米とお惣菜の入ったダンボールを車のタンクに載せ、
高台になんとか避難したのだという。

相方との電話で
「時間がたっちゃったから、悪くなっちゃうかもしれないけど
これからその荷物、送るから」
と言ったそうだ。

私はびっくりして言葉もなかった。涙がでた。

今 一番大変なのは 
津波のまさに被災地にいる お母さんの方なのに
家を失ったのは お母さんの方なのに
食べ物が足りてないのは、そちらの方なのに
送りたいのは
送るべきは  私たちの方なのに

もちろん結果として荷物は引き受けられなかったらしいけれど
当然のようにそう言ったお母さんの気持ちは 痛いほど私にしっかり届いた


電話のなかでも 相方のお母さんは
妊婦の私のために少しでもなにか、できることを
ということしか考えていなかった。

後の私との電話でも
余計な心配をさせないために、
「大丈夫だから、心配しないで」
「あなたは体を大事にするのよ」
と繰りかえすばかり

実際は 本当に大変だと 
いわきの様子は 
まるで映画や架空の世界のような錯乱状況だ と別の現地の友達にきいた

詳しく聞くと、
相方のお父さんは、お母さんと一緒に避難場所にはいないとのこと

どこにいるの?とたずねると
ボランティアとして食料を配給したり、避難場所の世話に走り回っていると。

自分の身を省みないで、こんな状況でも周りの人のために動いている

生きている仏様ってこういう人たちをいうのかもしれない

私は胸がいっぱいになった

ああ、私は家もあるし 食べ物だってあるのに
不安ばかりで ハラハラしているばかりだ。

なんて小さいんだろう 私

こんな風な人間に なりたい

まだまだ届かない 

だけど

いつか そんな強い人間になりたい・・


そして、翌日。(17週と2日目) [17週目。]

眠れぬまま迎えた地震の翌日。

空が晴れていて、心が幾分救われた

まだ余震は激しいけれど
ようやく少しずつ
ほとんど不通だった携帯が繋がるようになってきた

いろんな友達が身重の私を心配して
電話やメールをくれた

電話が繋がらない震源地近くの友達とは
mixiを通して安否を確認することができた

細かい状況はわからなかったけれど
ほとんどの仲間の無事がわかってホッとした

近くの友達の中には 入院中に被災した友達もいた
熱を出していた人もいた
電車が止まったせいで、帰れなくなった人もいた

いろんな人の、それぞれの状況、衝撃的なドラマがあった

きっとどの人の記憶にも深く刻み込まれる日になっただろう

こんなとき、誰かと言葉を交わすのは
本当に心が安らぐもの

不安な気持ちを抱えながら
お互いを励まし合った

テレビを見るたび、壮絶な震源地の現実に震撼して
息が苦しく、鼓動が早くなる

ただ呆然と立ち尽くす人たちの姿・・

「これからどう生きていけば良いのか」と途方にくれる母子の姿

多くを失った人ほど、また 抱えきれないほど多くを得るはず。

見えるものであれ、見えないものであれ、必ず。

私はそう信じてる


きれいごとじゃなくて
日本は きっと 人の優しさと思いやりで きっと立ち直れる国

誰がなんといおうと 大和魂は不滅だ 








歴史に残る出来事。(17週と0日&1日) [17週目。]

楽しいバースデーのあと
相方の残りの2連休、のんびり二人で過ごそうと思っていた

その最後の一日…

3月11日
午後2時46分

前代未聞の大地震が起こってしまった
”(ノ><)ノ

カタカタカタ…

ん?

ガタガタガタガタッ!

「か、和哉くん地震だよぉ~!」(」゜□゜)」

「ん?ほんとだ」
ロフトに上がってた相方も揺れを感じて降りてきた

「揺れてるね~」
最初は笑ってた彼。
しっかし、どんどん強く激しくなる揺れに、
次第にその顔が真顔になる。

ものすごい振動音と共に
揺れは立ってられなくなるくらい強くなっていく

「すげえな‥」

相方にひしとしがみつく私。

こんな揺れは大阪で味わった阪神大震災以来…
否、妊娠中のせいか恐怖感はそれ以上だったかもしれない

真っ先にお腹に意識がいく
緊張のせいでキリキリ痛い。

落ち着かなきゃ…

直後でテレビで
観測至上未曾有の大震災と訊いた

「東北地方太平洋沖地震」
と呼ばれているが
ここ埼玉含め東京や神奈川まで震度5強クラスの揺れが起きていた

揺れは関西の方にまで及んでいてびっくり(◎o◎)

余震もひきつづき強い。。

震源地は相方の実家の近くだ。

しかも実家の場所はいわきの海沿い。

テレビの津波の中継を見てるだけでゾッとして
いつもは超お気楽な相方もさすがに
「こりゃヤバいかもな…」
と心配していた。

どこにも連絡もつかず心配は募り、強い余震も続く。

全身にチカラが入る
長い長い夜だった

それでも夜中になると相方は仕事にいかなければいけない

一人で過ごす夜はとても心細く、不安も募る

たまに鳴る警報の音と余震に震えながら
明け方、帰宅した相方の姿をみるまで
とうとう一睡もできなかった

きっと誰もがそんな不安な夜だったと思う

こんなことが起こるなんて、まだ悪い夢を見てるみたいだ

朝、ようやく相方のママさんと連絡が繋がり
いわきの相方の家族の無事が確認できたときはホッとして涙が溢れた

ただ、家は浸水してるかもしれないとのこと

まだまだ、現地の方たちは恐怖と不安のなかにある

胸が潰れそうだ

どうかこれ以上被害が増えませんように

無力な私は、お腹に手を充てながら
今はただ
祈ることしかできない。



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